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パリ協定離脱「トランプショック」で日本の自動車メーカーが割を食う?

7月4日(火)18時40分配信 THE PAGE

 トランプ米大統領が表明した「パリ協定」からの離脱は、日本の自動車産業にも大きな影響を与えています。一見すると、このニュースは環境対策と格闘してきた自動車業界にとって悪くない話のようにも思えますが、実は米国内では、既に非常に厳しい環境規制が始まっています。日本メーカー含め自動車各社はその規制に対応するための戦略変更を余儀なくされていました。そこへ来ての国際的な温暖化対策ルールからの離脱表明。米国のダブルスタンダード状態に自動車各社は翻弄されているのです。モータージャーナリストの池田直渡氏の解説です。

米国がやっと参加した国際的なルール

[写真]「パリ協定」からの離脱を表明するトランプ米大統領。しかし米国内では自動車メーカーを対象にした厳しい環境基準が推し進められている(ロイター/アフロ)
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[写真]「パリ協定」からの離脱を表明するトランプ米大統領。しかし米国内では自動車メーカーを対象にした厳しい環境基準が推し進められている(ロイター/アフロ)
 6月1日、米国のトランプ大統領はパリ協定からの離脱を発表した。報道ではこれを単純に米国もしくはトランプの身勝手と捉えるに止まっているが、実は世界の自動車産業側から見ると、長期投資や企業戦略プランの前提となる重要な基礎条件の変更であり、大問題になる可能性が高い。特に日本にとってその影響は大きく、なりゆきによっては大きな実害を被りかねない。

 ご存知の方も多いと思うが、「パリ協定」を定めた「パリ会議」とは通称で、正式には「第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議」という長ったらしい名前であり、それ故に開催地の名前を取った「パリ会議」か、頭文字に会議の開催順のナンバリングを加え「COP21」の様に呼ばれる。国連を母体とする地球温暖化対策の国際的な枠組みだ。まずはこの中心となる「気候変動枠組み条約締約国会議(UNFCCC)」と米国の関係についてざっくりとおさらいする所から始めたい。

 最初にこの会議が開かれたのは1995年のベルリン会議(COP1)。1997年に京都会議(COP3)で採択された「京都議定書」によって初めて具体的な各国の削減基準が策定された。歴代会議では京都議定書と同様に重要なルールが定められたことが3回あり、京都(COP3)、コペンハーゲン(COP15)、そしてパリ(COP21)となっている。

 実質的な規制のスタートとなった京都議定書だが、この時、米国と中国は削減目標に対し「経済成長へのマイナス」を理由に批准を拒否した。全世界の温室効果ガスの40%を排出する排出ガス大国である米中2か国が批准しなければ、下位の国がどれだけ努力してもその効果は薄い。なので米中は「地球環境に重大な影響を与える」とか、「地球規模の環境対策である京都議定書を無意味にする」とか非難されてきた歴史がある。

 問題を先送りにしてきたこの2大国が、ようやく観念してルールに批准したのが、2015年のパリ会議である。これに先立つ2009年のコペンハーゲン会議(COP15)でも大揉めに揉めた挙げ句、米国と中国が別枠の規制を特別に設けて批准するという歩み寄りを見せ、パリ会議でようやくこれに正式に批准して、温室効果ガス問題の世界的解決へ向けて歩き出したという事情があった。

 つまり今回の米国のパリ協定からの離脱は、長年積み重ねてようやく世界全体での協調に至った地球温暖化対策の大幅な逆行を意味している。記述に正確を期せば、アメリカは枠組みそのものから離脱した訳ではなく、この枠組みで決めた重要なルール「パリ協定」の批准を取りやめると宣言したことになる。

国内では逆に「誰も守れないような」環境規制

 これを見る限り、アメリカの態度は経済優先で、地球温暖化への取り組みに消極的に見えるが、実は米国内の自動車排ガス規制はむしろ極端なくらい厳しく、環境問題については国内スタンスと国際スタンスが支離滅裂なダブルスタンダードになっている。

 問題になるのはアメリカが実施している「CAFE」と「ZEV」という2つの規制の存在だ。CAFE(Corporate Average Fuel Economy)は企業平均燃費と呼ばれ、自動車メーカーが販売する全モデルの平均燃費を定める基準だ。排ガス規制には大別して公害対策と温室効果ガス対策の2つがあるが、燃費規制は概ねCO2対策、つまり温室効果ガス対策である。現在の基準は1リッターあたり約15.1kmとなっているが、この計算方法が非常に厳しい。個別車種毎の燃費に販売台数を掛けて、メーカー全販売モデルの1台あたり平均燃費を求める方法だからだ。

 例えば高性能スポーツカーで、ユーザーが全く燃費を気にしないクルマなら、メーカーもユーザーも合意の上で燃費を気にしない大出力エンジンを搭載できるだろう。しかし、これがCAFEでは大問題になってしまう。よく「スポーツモデルをエコカーにする必要があるのか?」という議論を目にするが、CAFEがある以上、アメリカで販売するクルマは例外なくエコにするしかない。唯一の可能性は販売台数を限定する方法だ。燃費の悪い大出力車は予め計算して平均値がCAFEをクリアできる台数だけ売り、ヒットしても一切追加生産しないという方法である。しかしこれはこれで問題がある。100台や200台の限定では儲けが出ない。逆に言えば儲かるほど作ればCAFEに引っかかる。以前トヨタ幹部もこぼしていたが、CAFEの本質的な厳しさは例外車種を認めないことである。それによってスポーツモデルが生まれにくい状況を作っているのである。
[画像]トヨタの燃料電池車MIRAI。増産体制が整ったとは言え、その台数は年産3000台程度だ
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[画像]トヨタの燃料電池車MIRAI。増産体制が整ったとは言え、その台数は年産3000台程度だ
 もう1つ、ZEVの方はどうかと言えば、こちらはゼロエミッションビークル(ZEV)を全販売台数の内、規定のパーセンテージ分を販売しなくてはならないという規制だ。かつてはカリフォルニア州だけのルールだったのだが、全米8州がこれに批准したことによって北米シェアの25%が規制下に入り、もはや無視することができなくなった。

 問題は各州が認めるZEVの基準だ。かつてはハイブリッド車(HV)もZEVと認められていたが、新たに定められた2018年以降の規制ロードマップでは、電気自動車(EV)と燃料電池車(FCV)だけがZEVとして認められることになり、プラグイン・ハイブリッド車(PHV)については限定的にしかカウントされなくなってしまった。

 以下の一覧は、2025年までのZEV規制のロードマップで、左端がメーカーの全販売台数における環境対策車のトータル比率、カッコ内は左がZEV(電気自動車と燃料電池車)、右が準ZEVのプラグインハイブリッドとなる。

2018年 4.5%(2.0%・2.5%)
2019年 7.0%(4.0%・3.0%)
2020年 9.5%(6.0%・3.5%)
2021年 12.0%(8.0%・4.0%)
2022年 14.5%(10.0%・4.5%)
2023年 17.0%(12.0%・5.0%)
2024年 19.5%(14.0%・5.5%)
2025年 22.0%(16.0%・6.0%)

 例えば2018年にあるメーカーがプラグイン・ハイブリッドを、全販売台数の5%売ることに成功しても、カウントは2.5%で足切りされ、目標の4.5%は未達とされてしまい、高額の罰金が科せられることになる。

 もちろん環境対策は重要だ。無視していいとは思わないが、現実問題として2025年のZEV販売台数16.0%を達成しようとした時に、電力インフラそのものが電気自動車の需要を満たせるかどうかは甚だ疑問であり、全体としては「絵に描いた餅」である可能性が高い。

 では燃料電池でという話になれば、それだけの台数の燃料電池車を生産できる自動車メーカーはどこにもないし、様々な技術が開発されているとは言うものの、2015年までの8年で実用的な水素燃料のインフラが構築できるとも考え難い。この規制は、クルマの面からもインフラの面からも相当なハードモードなのである。ZEV規制は中長期規制としてはそれなりに評価できるが、一方で短期規制としては誰も守れない理想主義ルールである。

「悪法もまた法」投資戦略に頭悩ます各社

[画像]GMの電気自動車シボレー・ボルトEV。電気自動車を作るのは難しくないが、航続距離の設定とバッテリーの寿命、充電インフラなど問題はまだ山積みだ
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[画像]GMの電気自動車シボレー・ボルトEV。電気自動車を作るのは難しくないが、航続距離の設定とバッテリーの寿命、充電インフラなど問題はまだ山積みだ
 それはもちろんアメリカのビッグ3にとっても同じ。特にZEVは難しい。しかし、そういう無茶なルールでも法律は法律。決まってしまった以上、北米シェアが生命線である日本の自動車メーカーは莫大な予算を組んで電気自動車の開発を急がなければならない。予告通り規制が実行されるなら良いが、過去の排ガス規制の実例を見れば、ビッグ3のロビー活動で規制は先延ばしにされ、実質的に無効化されてきた前科がある。ZEV規制を見るとその歴史を思い出さずにはいられない。

 さてここで一度整理しなくてはならない。アメリカは現在国内での環境規制については、CAFEとZEVと言う2つの先鋭的な理想主義規制を設けて環境原理主義に暴走中である。多用性も現実性も無視した規制で、国内環境を守ろうとしている。一方で環境対策の地球的枠組みの中では、大国として果たすべき役割から逃げ回り、責任を果たそうとしない。

 利己主義も極まれりという態度だが、パリ条約を離脱しようとも、別に他国に出かけて温室効果ガスを排出しようというわけではない。それは米国内で排出するのだ。だから国内は厳しく、海外では緩くというわけではない。

 アメリカは今、環境に対する姿勢が両極端の2つに引き裂かれており、先行きの予想が極めて難しい状態になっている。ただでさえZEVとCAFEの規制を睨んで疑心暗鬼に巨額投資を進めている日本のメーカーにとって、今回のトランプ大統領のパリ協定離脱は、まさに冷や水を浴びせかけられた形になる。この国としての方針不在の規制の中でどういう投資戦略を採って行くべきかは極めて難しい。

日系メーカーにとり「第2の故郷」である北米

[画像]マツダは水素そのものを燃料として使うアプローチ。写真は水素ロータリーのRX-8
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[画像]マツダは水素そのものを燃料として使うアプローチ。写真は水素ロータリーのRX-8
 日本にとって非常に不利だというのは何故か? 1989年にベルリンの壁が崩壊してボーダレスの時代が始まり、旧東欧諸国が自動車生産地となり、産業振興によって所得が高まった結果、次に自動車消費地になった。1990年代、これによって欧州メーカーが躍進した。

 それ以前の自動車産業は、自動車時代の幕開け以来の欧州と北米の2極に加え、1960年代から急速に成長した日本を加えた3極体制であった。日本は自動車を北米に輸出して1980年代に深刻な貿易摩擦を招き、その解決策として日本の自動車メーカーは北米に生産拠点を設けて、北米生産を進めた。この結果、北米の自動車生産は米国系メーカーと日系メーカーの混成状態で発展していった。つまり日本の自動車メーカーにとって北米は第2の母国なのである。

 欧州は独自の自動車文化圏を形成し、米国系メーカーも日系メーカーも上手く商圏を築くことができずにいた。その閉鎖的な環境下で、東欧圏の経済開放によって欧州の巨人フォルクスワーゲンが一気にシェアを伸ばした。しかも、フォルクスワーゲンは、型遅れのサンタナの中国でのノックダウン生産を特に戦略もなく認めていた結果、2000年代に入って中国マーケットが成長すると、棚ぼた式に一気に中国での覇権を握ったのである。

 つまりグローバルマーケットにおける図式は以下の様になっている。

・日本 日系メーカーの独壇場
・北米 米国系メーカーと日系メーカー、韓国系メーカーのシェア分割
・欧州 欧州メーカーの独壇場
・中国 中国メーカーとフォルクスワーゲンが優勢で以下どんぐりの背比べ

 こうした図式によって、北米の規制が猫の目のように変わると一番割を食うのは日本と韓国のメーカーとなる。

 米国は、その環境規制に対する方針が定まらない。プリンシパルがないと言っても良い。そのグラグラ揺れる方針がようやく一つの方向に向かおうという時、トランプ大統領は急に逆向きに舵を切った。日本の自動車メーカーは今、米国の行方を見定めようと必死になっているはずだ。
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■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある

最終更新:7月10日(月)6時07分

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