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400年の歴史! 始発に乗って勝浦朝市に行ってみた

“朝市”の失われつつある活気と残される機能

3月17日(金)6時00分配信 JBpress

千葉県勝浦市の朝市(筆者撮影)
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千葉県勝浦市の朝市(筆者撮影)
 日本には、何百年にもわたる「朝市」の習慣がある。石川県の輪島、岐阜県の高山とともに、「日本三大朝市」の1つに数えられている千葉県の勝浦での朝市を初めて訪ね歩いてみた。スーパーマーケットの存在が当たり前になっている今でも、朝市ならではの機能を見出すことができた。

人の少ない街の一角に朝市が立つ

採れたての野菜が並べられる。
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採れたての野菜が並べられる。
 3月中旬の週末、東京方面から始発電車に乗って千葉県の外房へと向かった。JR勝浦駅で降りたのは8時前。駅前のコンビニエンスストア以外、どの店も閉まっている。街に朝が来ていないような静けさだ。道ですれ違う人もほぼいない。

 10分ほど歩くと、神社の鳥居と境内までの階段が見えてきた。そして、その手前の道だけは人が行き来しているのが見える。露店もいくつか見えてきた。朝市が行われる通りの1つ「下本町朝市通り」だ。16日から月末までの仲本町朝市通りと交互で開かれている。

 威勢のよいかけ声が聞こえるでもなく、淡々とした雰囲気が漂っている。

 店の前で少したたずんで野菜を見ていると、「きょうはまだ寒いねぇ」とおばあちゃんが話しかけてくる。勝浦の北東のいすみ市から来ているという。紙袋に入ったコシヒカリを買ってみると「これも持っていきなよ」と、横に置いてあったみかんを2個おまけしてくれた。

 他の店では、もんぺ姿のおばあちゃんが腰掛け、カゴに入れたふきのとうや里芋、それにビニール袋に入れたからし菜などをレジャーシートに並べている。

「毎日、来ているんですか」と聞くと、「昔はね。今は送り迎えがいなくなっちゃったから週末だけだよ」と言う。からし菜を買ってみると、「これも買っていかないかい」と里芋も勧められ、つい買ってしまった。

 漁港の街だけあって、わらさやいわしなどの魚を売る露店、また花かつおやわかめなどを売る商店もあるが、野菜など山の幸を置いて客が来るのを待つ人の姿が多かった。

 10時30分を過ぎたころには、出店していた人たちは残った売りものをワゴン車などに詰め、「お疲れさまでした」などと声をかけあって、市はお開きとなる。そしてまた地方都市の“人の少なさ”が醸しだす、ひっそりとした雰囲気に包まれる。

かつては「歩けない程」の活況だった

 近くの図書館では、司書が親身に勝浦朝市の歴史が分かる資料を見つけてくれた。

『人づくり風土記12千葉』(加藤秀俊ら編、農山漁村文化協会刊)などによると、この地に領地を与えられた植村泰忠(1539-1611)が、城下町の整備のため市の開設を企画したことが勝浦朝市の始まりとされている。1591(天正19)年からというのが有力な説だ。

 江戸時代に入ると、市に、今でいうところの自主流通米が大量に出回り、領主からの払い下げを受ける者が少なくなった。1661(万治4)年には、市の禁止令まで出た。だが、地元の明主だった岩瀬彦兵衛らが、植村氏からの払い下げ米をすべて酒米に使うという取り計らいをし、2年後には市が復活した。

 一方、勝浦の街自体は、紀伊の漁師の到来で漁法が伝わったり、海運が発達して寄港地となったりと、港町として発展していった。

 明治から大正にかけては、新道の開通、灯台の開設、勝浦駅の開業などがあり、いよいよ勝浦朝市は賑わった。山間地の大多喜から、真夜中に提灯を下げて朝市を目指した農家たちもいたという。

 買い手のほうも、主婦たちが多く押し寄せた。勝浦出身の宮大工だった井桁重太郎による1978年の著書『勝浦こぼればなし』(夷隅出版会刊)によると、「盆や暮の大市などは篭と篭が当って歩けない程でした」とある。また、井桁は「とにかく勝浦の朝市は何でも持ってきさえすれば売れるので、売る人が喜び、思いがけないものが手に入るので買う人が喜ぶ市であります」とも述べている。

スーパーでは果たせない産地直売と情報交換の機能

 今、勝浦市の人口は低下の一途をたどっている。ピークだった1968(昭和33)年の3万1400人から、2015(平成27)年時点では1万9000人台にまで減ってしまった。雇用の場の減少が要因とされる。

 地元住民の数が減りつづける中、勝浦朝市の姿は「生活型」から「観光型」に移行した。訪れた土曜には、およそ50の店が並び、近くの旅館からと思われる家族連れなどの姿も見られた。

 けれども、売る人と買う人で通りがあふれるほどだった大正期の活況ぶりを撮った写真などと比べるに、やはり朝市を訪れる人の少なさを感じてしまう。売れなかった野菜を持ち帰る、店の人たちの後ろ姿も、どこか寂しげに映った。

 では、市という仕組みが時代の中で役割を終えたのかというと、けっしてそうではないだろう。たしかに、ものの売り買いだけを考えれば、大部分はスーパーやコンビニで事足りる。この点は大きいが、市の持つ役割は、必要なものを売り買いする場だけにとどまらない。

 まず、市には、産地直売を集中させた場としての機能がある。もぎたての山の幸や獲れたての海の幸を、もいだ本人や獲った本人たちから直に買い集める行為はそうできるものではない。食材が新鮮であること、それに生産者本人から買えた経験も加わって、その食材で作る料理は特別なものとなる。

 もう1つ、情報交換の場としての機能も市だからこそのものだ。売り手と買い手が話をしないと取引は成立しない。そこでは、天候のこと、暮らしている地域のこと、食材の料理の仕方のことといったコミュニケーションも自然に生まれる。売り買いにおいて世間話は副産物かもしれないが、知らない人どうしの対話が希薄な時代だからこそ、市の持つ機能は大きいといえる。

 こうした市の機能をより強化し、その機能を人々に経験してもらうことで、「人が集まる。市が生き生きとする。それでまた人が集まる」といった好循環が生まれれば、それもまた市の機能が発揮されたことになる。
筆者:漆原 次郎

最終更新:3月17日(金)6時00分

JBpress

 

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