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運動性能と居住性と安全性 「規格」内でもがく軽自動車のジレンマ

8月17日(日)15時00分配信 THE PAGE

 軽自動車にはありとあらゆるタイプのクルマがラインナップされている。そしてそれら全てのクルマが、全長3395ミリメートル、全幅1475ミリメートルぴったりの寸法を持つ。先週の記事ではこうした軽自動車の特性を紹介した。はっきりしているのは、自動車メーカーの設計者にとって、軽自動車のサイズ規格は小さすぎるということだ。だからこそ全てのクルマを例外なくサイズいっぱいに作ろうとするわけだ。

 しかしながら、そのサイズ、ことに全幅は現実の日本の道路環境からみてもそうそう大きくすることはできない。農道や山道、モータリゼーションの発達以前からある細い路地などを走れる生活の道具はこの国に是非とも必要で、そのためには横幅の規制は是非とも必要なのだ。

 ただし、クルマである限りそれは命を乗せて走るものでもある。利便性の前に安全性が優先されるのは当然だ。今回は運動体としての理想と、規制の間にどんなギャップが横たわっているのかをみてみたい。そこにどんなジレンマがあるのかを知っておきたい人のために。

軽自動車の大型化は贅沢化か

 軽自動車は法的な規格によって作られてきた。初めに規格ありきなのだ。その規格の変遷とその理由を知らないと、軽自動車を理解することは難しい。まずは規格の推移ををざっと眺めてみると以下の様になる。

・1950年 全長3メートル 全幅1.3メートル 排気量300cc(2サイクルは200cc)
・1951年 全長3メートル 全幅1.3メートル 排気量360cc(2サイクルは240cc)
・1955年 全長3メートル 全幅1.3メートル 排気量360cc(2サイクルも同一排気量に)
・1976年 全長3.2メートル 全幅1.4メートル 排気量550cc
・1990年 全長3.3メートル 全幅1.4メートル 排気量660cc
・1998年 全長3.4メートル 全幅1.48メートル 排気量660cc
[画像]1970年の初代ジムニー。排気量わずか360ccの本格クロスカントリー車として世界を驚かせた
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[画像]1970年の初代ジムニー。排気量わずか360ccの本格クロスカントリー車として世界を驚かせた
 最初の大きな変化は1976年の排気量アップだ。これは過去の排ガス規制の中でもっともクリアするのが難しかった昭和51年排ガス規制をパスしつつ、動力性能を確保するための措置だ。

 現在はともかく、かつてのエンジンは排気ガスをキレイにしようとすると全くパワーが出なかった。希薄燃焼と三元触媒の技術が確立する以前の性能ダウンは普通車の大排気量モデルですら「危険なほど遅い」と言われたほどで、年配の方はご記憶があるだろうが、トヨタのTTC-C(トヨタ・トータル・クリーン・システム)を搭載したクラウンや、日産のNAPS(ニッサン・アンチ・ポリューション・システム)を搭載したセドリック/グロリアなどの初期排ガス対策モデルは惨憺たる有様を露呈した。
[画像]現在では左右にずれた状態で正面衝突するオフセットクラッシュテストも採用され、360cc時代からみれば安全性は大きく進歩した
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[画像]現在では左右にずれた状態で正面衝突するオフセットクラッシュテストも採用され、360cc時代からみれば安全性は大きく進歩した
 排気量が極端に小さい軽自動車は、状況がもっと厳しい。簡単に言えば360ccのままで排ガス規制をかけたらクルマとして成立しなかったので、止むにやまれず550ccにキャパシティを上げ、あわせて当時問題となっていた衝突安全の見地からサイズを見直したということだ。

 途中何度かの小さな規制強化がありながら、1990年に再び排ガス規制の大幅な強化があり、ほぼ同様の理由で排気量が見直される。そして1998年には側面衝突を含む衝突安全規格が強化され、ボディサイズが見直されて現在に至っている。

 軽自動車のサイズと排気量のアップを「軽自動車の贅沢化だ」とする意見があるが、過去の規制緩和に関しては、そうしなければならない明確な理由があって緩和されているとみてよいだろう。

「縦横比」でわかるクルマの資質

[図表]クルマごとの「縦横比」比較表
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[図表]クルマごとの「縦横比」比較表
 では、本当はどんなサイズが現実的なミニマムサイズなのか? エンジニアリング面に関して言えば、そのヒントとなるのはホイールベースとトレッド、つまり4つのタイヤが描く四角形の縦横比にあるのではないかと思う。この比率は1.6が理想的だと言われている。数値が小さいほど転倒しにくく、機敏に曲がることができる。ただし数値を小さくするためにホイールベースを短くすると、乗り心地と高速安定性が犠牲になる。現在の小型車の場合、そのバランスポイントは1.6と2400ミリというあたりだと思われる。

 動的な資質に加え、実用性を求める道具として居住空間の広さも重要だ。タイヤは室内空間を侵食するから、出来るだけ外に追い出したい。軽自動車の場合規格そのものが左右方向により厳しいので自ずと縦横比は大きくなる。

 各国の主な小型車をリストアップして表を作成してみた。この表では比率の数値が小さい方から並べてある。小型車とは別に現在ハンドリングが優れているとされているスポーツカーを比較対象用に加えてある。スポーツカーと同じ土俵で比べるつもりはないが、乗員人数や居住空間、荷室容量など最も制約の少ない状況で自動車メーカーがどんなホイールベースとトレッドを選ぶのかは参考になるだろう。

 数値が一番小さいグループはスマート・フォーツーとトヨタのiQだ。この2台はちょっと特殊なクルマで、全長を3メートル以下に収めることで、縦列駐車用のスペースに歩道に向けて頭から突っ込んで2台停められる様に作られている。そのための2座であり(iQには2座と4座があるが事実上2座と見なす)、結果的に異様に短いホイールベースを持っている。

 しかしホイールベースが短いと路面の突起にタイヤが乗り上げた時の車体の角度変化が大きく、前後にグラグラして乗り心地が悪い。専門的にはピッチングが大きいと言う。当然疲労は大きいので、都市部の街中専用の短距離移動で使うにはいいかもしれないが、そこそこ距離を走る地方の足としてはあまり向かない。

 次に数字の小さいグループはスポーツカーだ。現代の名だたるスポーツカーはほぼ1.6の縦横比を踏襲している。ポルシェ911はぴったり1.6だし、フェラーリの458イタリアは1.58になっている。逆に高速安定性をある程度見切って、機敏に曲がることに特化したロータス・エリーゼは1.53という極端な縦横比を持っている。スポーツカーとしてかなり残念なことになっているのはトヨタの86だが、スポーツカーではなく乗用車だと見れば優秀な数値だと言えるだろう。スポーツカーがこの数字を達成できるのは居住性を求めないからであって、生活の道具として使うクルマにこれと同等の数値を求めるのは普通に考えて難しい。ところが思った以上に優秀なクルマがあったのである。
[画像]数値で見ると理想の小型車に最も近いスズキのスイフト
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[画像]数値で見ると理想の小型車に最も近いスズキのスイフト
 ここからが本命だ。第3グループはスイフトやフィアット500、パンダ、ブーンなどで構成されるコンパクトカーのクラスだ。表組みの中にでてくるAセグメントとは国際的に見て最少のクラスで、ちょっと乱暴に言えば外国の軽自動車だ。

 Bセグメントとはヴィッツやフィットなどの日本人にも馴染みのある普通車のコンパクトカーだ。BとAの中間に位置するクルマはサブBと呼ぶ。

 数値を見て見事なのは、スイフト、フィアット500、パンダと1.63で並ぶ3台。比率だけでなくホイールベースとトレッドのデータを理想値と比べるとスイフトは本当に惚れ惚れする。スイフトは走りの良さで定評があるが、こういうデータで見ても基本に忠実に作られていることがわかる。とは言えこのクラスは基本的に全車優秀で、Bセグメントで一番数値の大きいアクアでも1.72。概ね1.7のラインにいると考えられるだろう。

突出して数値が高い軽自動車

 では軽自動車はどうかというと、主要モデル中で一番数値が小さいものでもアルトの1.85で、一番大きいのは1.93のホンダのNシリーズ3台だ。飛びぬけているのがはっきりとわかる。法で定められた外寸の範囲でできる限りの居住性を得ようと思うと、タイヤを外に押し出さざるを得ず、前後に対して左右が厳しい規制値である以上、縦横比が大きくなるのはやむを得ない。

 例外的に軽自動車の中では居住性を求めない2座のコペンは流石で、その縦横比は1.70と軽としては群を抜いており、厳しい全幅規制の中にありながらトヨタ86の1.67に肉薄する勢いだ。この数値を見てもダイハツの主張する通りコペンはスポーツカーだと言えると思う。ホンダの3台については正直言及するに忍びない。

「すべて」を叶えれば中途半端に

 さて、こうして眺めてみると表の最下部に軽自動車が集まってしまっているのが解るだろう。対比して外国の軽自動車であるAセグメントには理想的グループに入っているモデルもある。道路の現状や法規制の話に耳を塞いでエンジニアリング面からみるとこの表でそれぞれの立ち位置がわかるのだ。

 しかし、耳を塞いでいないでちゃんと耳を澄ませば、エンジニアリング的正義が正解そのものではないことは誰でも解る。

 初めにまず規制がある。日本の地方の道路事情に鑑みれば、この全幅規制は故ないものではない。なのでその与えられた条件の中でエンジニアは頑張る。技術でいくら頑張っても物理的な特性を超越できるわけではないのに、われわれ顧客が「4人が広々乗れるようにしろ」「自転車が載らないと困る」と贅沢を言うのである。

 「全幅制限の中でどうしろと」「そんなことをしたら重心が上がって余計性能が悪くなる」エンジニアは言いたいことが沢山あるだろうが、それらをグッとこらえて飲み込んで、法律と顧客から与えられた苦難の連立方程式を必死に解いた結果が今の日本の軽自動車なのだ。
 しかし、顧客はわがままな要求をするものだ。規制も悪くない、メーカーも悪くない、そして顧客も悪くない。犯人探しで決着しないのが今の軽自動車を巡る状況なのだ。

仮にAセグメントに合わせて幅を広げれば、安全性を含めたクルマとしての性能はずっと向上できる。特に走行性能に関しては、軽に厳しいことを言うのはピント外れだという意見もあるだろうが、必ずしも運転の上手でない人が乗る可能性の高い軽だからこそ、基礎的な走行性能は重要だ。

 別にスポーツ走行をする時だけ走行性能が利するわけではない。安全性と運転のしやすさは重要だ。でもそれでは入れない狭い場所がある。全幅規制を広げるのも維持するのも共に正義だ。ここも出口はない。あちらを立てればこちらが立たない世界が軽自動車の世界だ。狭い所に入れなくていいのか、多少の安全と性能ダウンは諦めるのか、居住性と積載性を諦めるのか、3つの要素のどれも諦められない以上、一般的な答えはそこから導き出せない。

 ただし、ユーザーのひとりとしては、どれかを捨てるという出口の見つけようはあると思う。例えば、数値の優れたコペンは、運転のしやすさという見地からみれば移動の道具としても優れた選択肢だと言えるのである。4人乗車と荷物のことを諦めさえすれば。がんじがらめの軽自動車の現況において、どういう出口を見つけるかは非常に難しい問題なのだ。

(池田直渡・モータージャーナル)

最終更新:10月5日(金)10時10分

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