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「解雇の金銭解決」が奏効したイタリアの実情

1月12日(木)6時00分配信 東洋経済オンライン

イタリアと日本、労働問題をめぐる環境は実によく似ています(写真:Iakov Kalinin / PIXTA)
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イタリアと日本、労働問題をめぐる環境は実によく似ています(写真:Iakov Kalinin / PIXTA)
 皆様、明けましておめでとうございます。本年も日本の労働法の問題点について、さまざまな観点から切り込んで行きたいと思います。2017年の最初は、新年にふさわしく、少し大きな議論をということで、海外の解雇規制について見ていきたいと思います。

■日本と同様に厳しい解雇規制が存在したイタリア

 私が所属している第一東京弁護士会・労働法制委員会では、昨年、イタリア労働法の現地調査に行ってきました。イタリアは、電車やバスがよくストライキをすることで知られるように、労働組合の活動が活発で欧州の中でも労働法が厳しい、労働者に有利な国でした。

 しかし、2016年の1月からイタリアでは労働法改革が行われました。少子高齢化や経済の低迷など、イタリアと日本の置かれた状況には共通点が多く、イタリアの労働法改革は日本にとっても有益な示唆に富んでいます。

 もともとイタリアの労働法は、日本と同様に厳しい解雇規制が存在しました。解雇が認められない場合、解雇が無効となって労働者が元の会社に復職することになり、しかも復職が認められた場合、解雇してから復職するまでの賃金(これを「バックペイ」といいます)を支払わなければならないのです。この点は、今の日本も同じです。

 しかし、イタリアでは昨年より、一部の差別的解雇を除き、原則として解雇は金銭で解決できるようになりました。金銭解決の水準が最低2カ月から最高24カ月となり、手当の計算は勤続1年につき2カ月分です。

 イタリアでは、ひとたび就いた仕事は一生のものとの考えが社会に強く根付いており、労働者の解雇は企業倒産などの場合を除き、原則禁じられてきました。そもそも、「働く」ということの価値観は社会の制度や人々の考えに深くかかわっているものであるため、経済危機においても労働市場規制改革に着手することなく放置されてきたのです。この点も、日本と非常によく似ています。

失業率が非常に高くなり…

 そのため、イタリアでは、一度就職した労働者が転職する率が非常に低く、硬直的な労働市場となっていました。その弊害として、失業率が非常に高くなり、特に若年層については40%もの高水準となっています。スペイン、ギリシャに次いで、ポルトガルとほぼ同じという高い水準の失業率は、社会不安につながりうる事態です。

 これまでの厳しい解雇規制では、企業にとってコスト見通しが立ちません。特に日本企業を含む外資系企業(当然ですが、日本企業はイタリアからみれば外資系です)にとっても、たとえば新規事業展開を狙ったとしても、事業に失敗した場合の解雇が難しければ、そもそもの投資に二の足を踏む企業が多くなってしまいます。

 また、イタリアでは、労働訴訟に時間がかかっていました(2~3年程度。平均1200日という話もある)。そのため、仮に判決で解雇無効となった場合、バックペイの支払いが膨大となるのです。イタリアは日本と同じく中小企業が中心で、高額の支払いを課せられると倒産リスクが大きくなること、海外企業にとってコストの見通しが立たないことが問題とされてきました。

 そこで、解雇に対する考え方をシンプルにする必要があることから、昨年の解雇規制緩和に踏み切ったようです。特に、外資系企業にとっても、雇用者側が投資リスクを見積もれる(確実性を持つ)ようにすることが重要であるので、極めてシンプルな制度が望まれました。そこで、大幅な解雇の金銭解決制度(勤続年数に応じて最大24カ月) を導入したのです。ただし、差別的(不当労働行為、マタニティハラスメントなど)解雇は禁止とされています。

■労働市場全体で雇用維持を考える

 経済改革をするには、雇用の問題が最重要課題です。そして、雇用問題の1丁目1番地は解雇問題です。その際のベースとなる考え方は「フレキシキュリティ」と言われるものです(フレックス+セキュリティの造語)。この考え方は欧州で以前から提唱されている考え方で、その要点は、個別企業での労働については労働者保護が弱まるが、逆に労働市場全体においてみれば労働者の保護を強める、というものです。

 単純に「解雇規制緩和は労働者の権利を侵害するものだ!」などと表面的な議論にとどまっていないことが、最重要ポイントなのです。 つまり、労働者の保護はひとつの企業が面倒をみるのではなく、労働市場改革をしつつ労働市場全体でみるという発想です。

 言うまでもなく解雇規制緩和最大の弱点は、労働者の保護が弱まる点です。しかし、これは個別企業での話であって、労働市場全体でみたときには決して保護が弱まっているわけではないという政策を実施することが大事なのです。具体的にイタリアの例をみますと、ハローワーク機能の強化により新規雇用先を探す労働者の支援を手厚くすること、失業手当の拡充、労働基準監督署の強化などです。ただし、注意点としては、労働市場改革のみでは新たな雇用の発掘にはつながらないということです。この点は昨年、イタリアへ現地調査に行った際に、労働省の担当者か何度も強調していました。つまり、市場の状況に即した経済対策と解雇規制改革をセットで行うことがポイントだということです。

 また、税制・社会保障費の観点から、雇用増・維持を行った場合のメリットを与えることも重要です。「安易な解雇は経済的に損」とすることにより、本当にミスマッチで多少の金銭をかけてでも解雇したいケースに絞らせるような政策を採っていました。仮に、解雇規制緩和がなされたからといって、安易な解雇をし続ける企業は、国内市場からの信任を得られないでしょう。

イタリア文化に根差した改革姿勢がフィット

 イタリアからみれば「外資」である日本企業にとっても、実際に解雇規制緩和の影響が大きく認められています。特に、ロンドンや日本に本社機能を置くグローバル日系企業の場合、新規投資を行う際に、人員コストを含めてコスト見通しを説明しやすいのが大きいようです。今後、イタリアでは採用面のコストリスクが大幅に低下したので、「今後は新規事業に積極投資できる」と語っていたのが印象的でした。 日本企業を含む外資系企業にとっては、おおむね好印象の改革となりました。

 また、実際に現地の日系企業にヒアリングしたところ、解雇の金銭解決制度があるからといって、無用な解雇はいっさいしないそうです。無用な解雇を乱発すれば、労働者の反感を買うため、理解を得られるようにできるかぎり説得するというイタリア文化に根差した改革姿勢が、極めて日本的かつイタリアにもフィットしていました。

 一つひとつの企業ではなく、労働市場全体で雇用維持を考えるという発想は、日本でも広く共有されるべきではないでしょうか。終身雇用・年功序列が崩壊し、名だたる企業でもリストラや経営統合の話が絶えないこの激動の時代にあって、ひとたび安定した正社員に就けば一生安泰であるという考えは、現時点ではほとんど「幻想」に近いといえるでしょう。そうした考えが根強いかぎり、若い人や経験が浅い人、非正規雇用者たちの仕事の機会は増えることはありません。高度経済成長期の終身雇用はもはや「幻想」なのですから。

■もはや正規・非正規という対立の時代ではない

 現代の世界では、AIの進化、IoT、不確実性を増す世界情勢など、仕事自体の存在、存続性が限りあるものになっています。これはグローバル化により必然的にもたらされるものであり、「良いか悪いか」という問題ではありません。

 そうであれば、限られた仕事の機会をいかに公平・公正に分け合うかが重要ではないでしょうか。もはや正規・非正規という対立の時代ではないのです。このような、話し合いは労使の間ばかりでなく、労働者の間でも行われるべきだと考えています。日本では「解雇規制緩和ダメゼッタイ」というところで議論が止まってしまっているのが極めて残念です。

 日本においても「終身雇用」という言葉がやや時代錯誤になりつつあり、ひとつの企業に雇用保障を頼る時代はもう終焉を迎えています。最後に、イタリアの労働法改革に大きく貢献したマルコ・ビアッジ氏という労働法教授の話をしたいと思います。氏は労働法教授としてイタリアの硬直的な労働法を改革すべきであると唱え、実際に政治家となり活動し、改革を進めていました。

 しかし、改革が実現するかという段において左派系テロリストにより暗殺されてしまうのです。その後、彼の意思を次ぐ労働法教授や協力者がマルコ・ビアッジ財団という財団を作り、労働法改革の活動を継続することにより、昨年の労働法改革が結実したそうです。日本においても、解雇規制改革について、表層的な議論だけで終わらせてはなりません。イタリア労働法改革の旗手であるマルコ・ビアッジ氏の意思を日本においても継承したいと思いを馳せるのも年始にふさわしいと考え、今回のテーマとしました。
倉重 公太朗

最終更新:1月12日(木)13時50分

東洋経済オンライン

 

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