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壊れなくなったクルマ 意外に奥深い「ねじ」の話

11月17日(木)18時00分配信 THE PAGE

[画像]高精度なエンジンの実現には「ねじ」をめぐる技術の進歩が貢献している(アフロ)
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[画像]高精度なエンジンの実現には「ねじ」をめぐる技術の進歩が貢献している(アフロ)
 「ねじ」は多くの工業製品にとって必要不可欠な部品だ。しかしながら、ねじが部品を固定する理屈は意外に知られていない。今回は高精度なエンジンパーツのために進歩したねじの話を書いてみたい。

 部品を固定する方法には色んな方法がある。自動車の場合、「溶接」と「ろう付け」、様々な「クリップ」に加え、「ねじ止め」の4つが多くを占める。溶接とは母材を溶かして2つ以上の部材を1つにする方法。主にシャシーやボディなど高強度が求められる部分に使われる。ろう付けとは母材と母材を溶かした金属を接着材として繋ぐ方法。こちらは接着用の金属に母材より融点の低い金属を使うため、溶接ほどの強度が出ないが、接着材は比較的柔らかいので、後で切削によって形状を整えたい部分や、ハンダの様に電気的に接続したい場合に用いられる。クリップとは主に樹脂パーツを装着する時に用いられ、素材の弾性を利用して、はめ込んで引っかけるケースや、スピードナットの様にタップねじ(木ねじなどねじ山を切り進んで固定するねじ)と組み合わされるケースが多い。

ねじの原理はくさびと同じ

 ねじ止めは、接続強度が高く、かつ後で分解や再組み立てすることが可能なので、極めて多くの部品組み立てに使われている。実は特性としてはクリップに似ている。後述するが、2つの部材間にボルトの軸でテンションを掛けて押しつけているのだ。その原理はくさびである。
[図1]ドアを止めるくさびはドアが上下方向に固定されているので、ストッパーとして機能する
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[図1]ドアを止めるくさびはドアが上下方向に固定されているので、ストッパーとして機能する
 オフィスなどでドアを開けたまま固定したい時、くさび状のドアストッパーを使うことがある。図1の状態では、ドアの上下動は蝶番(ちょうつがい)によって規制されているが、くさびはそれを押し上げようとする。この押しつけ力によってドアは固定される。仮に蝶番が上下にスライドして上下動を規制しない物だとすれば、くさびはドアを持ち上げてしまい、固定することが出来ない。もちろんドアの自重そのものが押しつけ力を発生するので、重い材質のドアならくさびの機能は成立するが、ドアが極めて軽量ならくさびではドアは固定できなくなるはずだ。実はねじの仕組みはこのくさびと同じだ。
[図2]ねじ山同士の噛み合いは個別に見るとくさびと同じである。図では分かり易い様にねじ軸に向かってくさびが効いているが、実際は周方向で効かせている
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[図2]ねじ山同士の噛み合いは個別に見るとくさびと同じである。図では分かり易い様にねじ軸に向かってくさびが効いているが、実際は周方向で効かせている
 図2を見れば分かるように、ねじ山の一つひとつは相互のくさびだ。図では分かりやすいようにボルト軸に向かってくさびが掛かっているが、現実には軸の周方向に連続してらせん状にねじが切られているので、周方向にくさびが掛かった状態になる。ねじを締めると、このくさびが互いに押しつけ合う。しかし、ボルトが部品同士を固定するメカニズムはこれだけでは成立しない。ドアのケースで蝶番があったように、くさびの反力を受け止める部材が必要なのだ。反力がないとドアを移動させて終わりである。
[図3]部材Aに「くさび」である雄ねじをねじ込み、ボルトの軸力でボルトの頭をひっぱる。その結果部材Bが挟み付けられた状態がねじ締結による部品固定だ
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[図3]部材Aに「くさび」である雄ねじをねじ込み、ボルトの軸力でボルトの頭をひっぱる。その結果部材Bが挟み付けられた状態がねじ締結による部品固定だ
 部品の固定は雌ねじが切られた部品(部品A)に、ボルト軸より大きい穴(馬鹿穴)が空いた部品(部品B)を合わせ、その穴にボルトを通して雌ねじと締結する。ボルトの頭は部品Bの穴より大きいので、穴を通れない。これが蝶番と同じ役割を果たしている。ボルトの頭の上下位相がボルトの頭で固定された状態にもかかわらず、部品Aとボルトの雄ねじ部は、くさびの原理によってさらに進もうとして軸を引っ張る。つまり部品Bは、部品Aの雌ねじの中で進もうとする雄ねじの力と、進むことのできないボルトの頭の引っ張り合いによって発生したねじ軸の引っ張り力(軸力)で固定される

 ねじ山が相互に理想的状態なら、ねじを締め付けるトルクはくさびが押し込まれる力と比例する。つまり、ねじの締め付け力に比例的な軸力で部品を圧着(固定)することができる。クルマの重要な部品について締め付けトルクが規定されているのは締め付けトルクを管理することで、部品の圧着力を適性にコントロールするためだ。

 だから重要な部品を取り付ける時にはかならずねじ山に潤滑油を塗布する。ねじ山を潤滑すると、一見緩みやすくなるように感じるかも知れないが、実は締め付けトルクと軸力の関係に対して、ねじ山の当たり面の摩擦係数が安定するため、軸力が安定する。

 逆に摩擦が不安定だと、規定トルクで締めても必要な軸力が得られないことが起きるのだ。ねじ山を舐めてしまったねじを締めたことがある人ならお分かりの通り、ボルトの頭が部品Bに当たる前に、それ以上締めることが出来なくなる。当然部品Bは全く固定出来ない。これが摩擦が極大に発生した状態だと思えば良い。ねじ山が破損しているケースは論外だが、摩擦による締め付けトルクと軸力の関係への干渉をできるだけ減らし、安定させるためにねじの当たり面を潤滑して摩擦係数を下げるのだ。

ねじの真価は軸力にある

[図4]ねじの軸は微細に変形するため、同じピッチでねじ山が並んでいれば、先端に進むほどに徐々にくさびで掛けられるテンションは落ちていく
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[図4]ねじの軸は微細に変形するため、同じピッチでねじ山が並んでいれば、先端に進むほどに徐々にくさびで掛けられるテンションは落ちていく
 さて、軸のテンションで部品を固定するという理屈が分かったところで、もう少し深く見てみよう。ボルトは金属でできているので、一見変形しないように見えるが、実はくさびに引っ張られて微小に変形している。ではその変形で何が起きるのだろうか?

 ボルトの頭に近い側では雄ねじと雌ねじは強い力で押しつけられている。しかし次の山ではボルト素材の伸び分だけ、押しつけ力が減ってしまう。これが繰り返されて行くと、ボルトの先端部に近づけば近づくほどボルトの伸びは大きくなり、軸力に貢献しなくなる。図4に模式的に表してみた。つまりボルトを長くして山の数を増やすことでどこまでも軸力を増やすことができるかと言えば、そうはならない。だからボルトの長さはボルトの素材の弾性と必要な締め付け力によって、適正な長さが存在し、それ以上長くする意味がなくなる。部品のねじ締結において重要なのは、結局のところ、いかにして必要な軸力を得るかということになるのである。
[写真]ベアリングと言うと、普通はボール状のものを想像するだろうが、ローラー式のものやテーパーローラーなど多彩なものがある。エンジンの軸受けに用いられるのはこのプレーンベアリング。ベアリングと言ってもただの板。素材と精度でベアリングの役割を果たしている(photo by 160SX)
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[写真]ベアリングと言うと、普通はボール状のものを想像するだろうが、ローラー式のものやテーパーローラーなど多彩なものがある。エンジンの軸受けに用いられるのはこのプレーンベアリング。ベアリングと言ってもただの板。素材と精度でベアリングの役割を果たしている(photo by 160SX)
 エンジン内部の高精度が求められる組立部品においては、100分の1ミリレベルの管理が必要なケースがある。もっとも荷重が高く、精度が求められるのはクランクシャフト周辺の軸受けだ。ここでは高い精度と強い面圧を支えることが要求されるため、摺動部でありながらボールベアリングは使えない。実は歴史上、クランクシャフトをボールベアリングやニードルローラーベアリングで支持したこともあったのだが、耐久性に問題が出て、いまではプレーンベアリング一択になっている。プレーンベアリング(平軸受)とは平板を半円形に曲げた形状であり、クランク軸を上下から2つの板で挟んで保持する。一般的にはトリメタルと呼ばれる三層構造の金属部品だ。

 プレーンベアリングとクランシャフトの間に潤滑油による油膜を作って、フローティングすることで保持する。イメージ的にはクランクシャフトが油に支えられて浮いている状態になる。どうしたらクランクシャフトが浮くのかと言えば、軸受けと軸の間のクリアランスを極限まで減らすのだ。ちょっと想像して欲しい。直径10センチの軸受けの中に、直径1ミリの軸を置いたら、その接触面は限りなく点接触になる。これがもし9.99センチの軸ならばどうだろう? 接触面が大きくなることが想像できるだろう。つまり軸受けの精度を高めないと油膜で浮かせる保持方法が実現できないのだ。
[画像]クランクシャフトは複雑な形状をしている(アフロ)
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[画像]クランクシャフトは複雑な形状をしている(アフロ)
 ところが困ったことにクランクシャフトは大変複雑な形状をしており、シャフトそのものを組み立て式にするか、若しくはコンロッドを分割式にしないと組み付けができない。歴史上、組み立て式クランクは存在した。ホンダは第一期のF-1挑戦期に組立式クランクと転がり軸受けを使っていたが、エンジン重量の増加に悩まされて、結局コンベンショナルなプレーン分割式軸受けを採用した。そんなわけで2016年現在の常識としてはコンロッドを分割式にすることになっている。
[写真]ホンダNSX-Rに採用されたチタンコンロッドとビッグエンド(大きい輪っか状の部分)に装着されたプレーンベアリング
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[写真]ホンダNSX-Rに採用されたチタンコンロッドとビッグエンド(大きい輪っか状の部分)に装着されたプレーンベアリング
 問題は分割式の軸受けの真円度を高める方法だ。組立の都合上、分割が必要なのでコンロッドのビッグエンド(大きい方の輪っか状の部分)をボルト締結しなくてはならない。ところが、このビッグエンドの締め付けを従来の締結方法で行っていては必要な精度にならない。ビッグエンドもまた締め付け圧力で微細ながら変形するので、ねじの締め付け力がばらばらだと真円度が運任せになってしまう。変形を見込んで設計生産するためには軸力を精密にコントロールしなくてはならないということになる。

「ねじ切る寸前」に高精度の秘訣

 そこで、ボルトの軸力を緻密にコントロールするための研究が行われた。金属素材は固有の強度があり、均一な素材で同一寸法であれば、軸力が一定に達したところで、変形の仕方が変わる。ボールペンの軸についているバネを想像して欲しいのだが、あのバネを引っ張ると伸びる。手を離すと元に戻る。しかしある程度以上の力を掛けると、バネが完全に変形してしまって、元に戻らなくなる。元の形に戻る変形を弾性変形、元に戻らない変形を塑性(そせい)変形と言う。

 ねじの軸力を計測しながらねじを締めて行くと、弾性域にある間は締め付けるほど軸力も右肩上がりに増えて行くが、塑性域に入るとグラフが水平になり、軸力が増えなくなる。そのまま締め続けるとどうなるかと言えば、ねじが破断して軸力がゼロに戻る。自分で整備をする人ならば覚えがあると思うが、ねじを締めすぎるとぬるっとした嫌な感覚になる。あれが塑性域に入ったということだ。つまり平たく言うとねじ切る寸前なのだ。ところがそこから破断に至るまではまだ少し余裕がある。この塑性域の中で上手く止めてやることができれば、ボルトの素材と太さで必ず一定の軸力を再現することができるのである。

 この特性を使って、コンロッドのビッグエンドの締め付けを行う方法を塑性域角度法という。軸力が増えなくなってから何度回したところで止めると言う基準を作ってやることで、安定した組立精度が可能になる。こうした技術と潤滑理論の進化によって、クルマは壊れなくなった。ねじの世界は奥が深い。

(池田直渡・モータージャーナル)

最終更新:11月17日(木)21時56分

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